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破壊、脆弱、苦痛、終わり

 
 part1 『脆弱的自己、脆い沈む。』
 
 ぶくぶく、僕は溺れたような気がした。比喩というのがある。世界はいくつもの世界の集結でできている。つまり、感情が世界を歪める。脆い。それは、確定的でない。収束するとは、恐らく、全てが一致するという意味なのだと思う。脆い。崩壊を見るのならば、収束したあとの瞬間は全て脆い。その意味で、確定したものは全て脆い。
 僕が溺れたような気がしたとき、おそらく僕は溺れている。収束してしまった。収束がすべての一致ならば、それは、毎度訪れるリアルである。
 あぁ、世界には解釈があるだけなのか。僕は一度溺れたことがある。
 収束した出来事は、生きているうちに必ず経験する。なるほど、どんな出来事を経験するか、予測可能なわけだ。
 最近思う事だが、話に反論できる人はいても、話を展開できる人はいない。と思った。日本人の悲しい性なのか何なのか。悲しい事だ。
 解釈を与える事。もともと存在している解釈を拾うこと。
 
 考えている事がなんとなく矛盾しているときに君はどうするか?
 僕は立ち止まる。
 ある種の論理にとって、それを無視する事の方が遥かに意味のある事らしいが、僕にとってはそうではない。
 ☆収束するとは、全てが一致する事である。☆ 
 収束とは感情である。それは、とても一瞬だ。
 筆が進まない。ぴぴぴ。
 
 それで?脆弱的自己とは何だったの?彼女が言う。僕には思い出せない。そう彼が言う。つまり、あなたが記憶しようとした内容は覚えられないものなのよ。
 なるほど。
 僕は、あるものを受信し、それを部分的に記述している最中に、脆弱的自己という言葉を思いついた。
 全く持ってくだらない事をしているのだろうか。
 世界は意地悪である。確信的なことを何も教えてくれない。
 答えは、僕からある種のものを奪っていった。
 あああ具合が悪い。あああ悲しいかな。
 完全に人権を失ってしまった。
 やっぱり、大学生だった頃はそうである事によって、人権を保証されていたが、今は、何ですらない。そのくせ、何も大したものを上げられない。何とも悲しいことか。
 人生は長い。
 ゆっくり生きよう。

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 part2 『忘れっぽい。大切とは?』
 大切なものとは一体何なのだろうか。ある人いわく、守るものがない人は強いのだそう。それは単純に何も守れないと言う事なのではないか。 
 インターネットによって、知性は進化した。上を向いていただけの知性は、統合的になった。いくつもの真実が僕らを突き動かす。賢いとはもともと、自明である事をいくつか無視して、別の自明なものに乗り上げるという事であったが、インターネットの進出の結果、自明である事を全て獲得していること。になったのではないかと思う。
 そうなってきた結果、いや、何が理由かは分からないけれど、いくつもの当たり前のものがぼやけてきている。それで良いとはあまり思わないが、そうせざるを得ない。
 僕には僕のやり方がある。全てを実存に任せるのでは虚無だから、実存そのものを、非知性、実存でないものを知性と呼ぶことにする。
 僕には僕のやり方がある。とは、おそらく、知性から生まれた言葉であるが、僕らは常に、非知性に抗わなければならない。
 僕が体調を崩したのもおそらくこれが原因なのだと思う。
 僕は人間について知らない。とても悲しい事だ。もっと、自分の肉体について知れるなら、きっともっといろんなアウトプットがスムーズに行くだろう。
 あぁ、生きていくのはとても難しい事かな。あぁ、あぁ。
 誰かに壊してもらって、それに依存しなければ生きていけないような気がする。
 創造性の破壊。自明性の欠如。いじめ。
 ある人はいじめは必要悪であるという。果たしてどうなのだろうか。端的に考えた結果、僕はネット上で汚染された事によって。それはつまり、自分自身の性質、自分に当てはまることの悪口を大量に、しかも文体的にほとんど同一人物によって、書かれたことによる、創造性の劣化という現象があるのではないか。
 苦労するのは単純に嫌である。だから、常に幸せな位置に自分を置いておきたい。
 対価のない苦痛を与えたがるサディストがいるのだろう。しかしそれは、本人のものでないので、まるっきし変わった人間になってしまって、人格の一貫性がない。
 こだわりの消失はかなりの嫌悪を催す。
 インターネット知性。あまりしっくりこないが、インターネットは恐ろしい。
 僕は再び現実へ帰る。
 僕のやりたい事は、一日の生活のうちで、僕がまともに考えることを、とても詳しく説明して、インターネットに乗っけることである。
 予め知性の欠如した人間には難しいか。
 やり方など分かるわけがない。いくつかの知識を融合すると、つまり、それ自体が高望みなのかもしれない。矛盾に気づき、解きほぐすとき、自明性を消失し、やる気がなくなり、能力が欠如する。しかし、これを繰り返していかないと、高みには登れない。
 詩を書いて、今日を締める。
 『かなぶん』
 かなぶんぶんぶんぶん 
 集めて筆箱につめて
 さようなら  
 かなぶんぶんぶんぶん
 捕まえて
 尿をかけられ
 ぶんぶんぶん
 あぁかなぶんは野生の汚い心をくすぐるか
 いや、そんな事はない

 世界は非理解に満ちえいる。僕らはうまく器用に生きるしかない。しかし、そうである以上、僕らは理解されない被差別者なのだ。なぜそうなのだろうか。みんな同じだと言ってしまえばそれまでである。苦しいのだろう。悲しいのだろう。

 人間如きには難しい事を少しずつ克服していけたらいいな。新たなものを創造できたらいいな。

 祈らず果てしなき道を知らず。
 
 そうだ、とりあえず、みんなで新しく苦しくなろうよ。

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こんばんは。ありがとうございました。
 
L_H_universe1 
 
by L_H_universe1 | 2019-10-11 00:00 | 感覚